認知症などで身寄りのない方が急患となった場合の医療費問題――生活保護の「職権による開始」の運用見直し
Posted on 2026年8月31日
令和6年(2024年)7月4日に厚生労働省から関係通知等が発出されてから、約2年が経過しました。当事務所においても本件に関連するご相談が見受けられるため、改めてその仕組みを整理し、解説します。
認知症などで判断能力が低下しており、かつ身寄りのない方が急病で病院に運ばれ、即時入院が必要になるケースがあります。このような事態において、従来は医療費の負担に関して不合理な問題が存在していましたが、令和6年7月4日付けの厚生労働省の通知により、その運用が見直されました。
「医療費10割負担」が発生していた従来の仕組み
身元や預貯金の有無が直ちに確認できない急患の場合、本人が生活保護を申請することは困難です。従来、このようなケースでは、福祉事務所が職権で生活保護(医療扶助)の開始を決定し、医療費を支払う対応が行われる場合がありました。
しかし、生活保護が開始されると、国民健康保険や後期高齢者医療制度の被保険者資格を自動的に喪失します。問題となるのは、生活保護の決定後に、本人名義の預貯金など(資力)が発見された場合です。
資力があることが判明した場合、受け取った生活保護費の返還義務が生じます。この返還額の計算において、医療費は返還額から控除する対象には含まれていません。その結果、本人が本来加入していた医療保険を利用できていれば1~3割の自己負担で済んだはずの医療費について、結果的に医療費全額に相当する額の返還を求められることになります。
今回の運用見直し――医療保険の「徴収猶予」を活用
このように、予期せぬ医療費の全額負担を強いられてしまうケースを防ぐため、総務省の行政改善推進会議の意見を踏まえ、運用が見直されました。
具体的には、本人の預貯金等の有無が判明し、それが実際に引き出せるなど活用可能になるまでの間は、職権による生活保護の開始決定を行わないこととされました。その代わり、医療保険の被保険者資格を維持したまま、市町村等の窓口において医療費の一部負担金や保険料の「徴収猶予(最長1年間)」を活用して対応します。
医療機関から連絡を受けた生活保護の窓口は、速やかに医療保険の窓口へ情報を提供し連携を図ります。そして、徴収猶予を活用することで必要な医療を受けることができ、急迫した状況から脱することができるなど、生活保護の必要性が認められなくなる場合には、職権による生活保護の開始ではなく、徴収猶予の活用によって対応します。
この見直しにより、負担能力があると見込まれる急患が、本人の意思に関係なく保険給付を受けられなくなり、後日高額な請求を受けるという事態を未然に防ぐことが期待されます。
【参考:法的根拠・関係通知】
-
生活保護法 第25条(職権保護)、第63条(費用返還義務)
-
国民健康保険法 第6条(適用除外)、第44条(一部負担金の徴収猶予等)
-
高齢者の医療の確保に関する法律 第51条(適用除外)、第69条(一部負担金の徴収猶予等)
-
「国民健康保険及び後期高齢者医療制度における急患等の被保険者に係る一部負担金及び保険料(税)の徴収猶予の取扱いについて」(令和6年7月4日付通知)
-
「認知症等により判断能力が不十分な状態で急患等として医療機関を受診した方の関係者から保護の実施機関に連絡があった場合の取扱いについて」(令和6年7月4日付事務連絡)
Comments are currently closed.